留学

ニュージーランドへ行くことになった経緯 ワーキングホリデーへの道のり

私はニュージーランドへ2度長期滞在の経験があります。一年ずつ計2年。

今日はニュージーランドに行くまでの経緯を書かせて頂きます。

 

私は27歳の時にはじめて英会話スクールに行って人と英語で話すという経験をしました。

忘れもしない駅前留学です。※本記事は駅前留学の話ではありません。

学校では英語の成績は全然ダメで、

 

あつ
あつ
文法??なにそれ??

でした。今でも文法は無茶苦茶ですが。。笑

 

フランス語を習いに語学スクールへ

当時はフラワーアレンジメントを習っていて、フランスのテコマという職業訓練校のディプロマを取得するためカルチャースクールで練習に励んでいました。

練習は日本でしっかりやって、試験はフランスで受けるというものでした。

私はそのころフランスに異常なほどのあこがれがありまして。。というのも子供のころからフランスで生活をしていた日本人女性のイラスト付きの本を何度も何度も読んでいたので自分の中のフランスってこんなところ!っていうイメージが出来上がっていたからです。素敵なところなんだろうな~って思ってすごく憧れていました。

資格を取りに行く以外にせっかくフランスに行くなら絶対に自分一人で過ごす自由時間が欲しい!そのためには通訳さんたちから離れても大丈夫なようにフランス語を勉強しにいこう!と思い立ったのがきっかけです。

 

一番家から近い駅前留学のNOV〇へフランス語を習いに行きました。

 

 

あつ
あつ
こんにちは。えーと、フランス語を習いたいんですが。。
スクールカウンセラー
スクールカウンセラー
ここはフランス語を教える教師がいないんですよ。。
あつ
あつ
がーん!そ、そんなぁ。。
スクールカウンセラー
スクールカウンセラー
せっかくなので英語のフリーレッスンを受けて行かれませんか?
あつ
あつ
…わかりました。

 

と、しぶしぶ英語のレッスンを受けることになりました。

 

 

紹介された先生がイギリス出身のめちゃくちゃハンサムな先生だったんですねー。

まずクラスに案内するのにレディーファーストですよ。そんなことはいままで経験がありません。いまでもしっかりくっきり覚えているのはよっぽど衝撃的だったんですね。

この時に人生初めて英語で人と会話をする経験をしたわけです。

もう必死ですよ。This is a penレベルの会話です。何を話したのか全然覚えてないのですが、最後にNOV〇でレッスンをうけるとしたらどのクラスから開始になるかという判定を先生からもらいます。その時のレベルが私は一番下かな?くらいに思っていたんですが、それよりも大分良いスコアをもらって

 

英会話の先生
英会話の先生
彼女はセンスが良いから練習をしたらもっと良くなるよ

 

という先生からのメッセージをスクールカウンセラーさんから頂いて真に受けてしまったんですねー。今思えばスクール側の策略にまんまと引っかかったなと思わなくもないです。。イケメン用意してるし。

 

あつ
あつ
そっかぁ、ちょっと練習したらもうちょいうまく話せるようになるのか。英語やったら世界共通語やし英語にしとくか。

はっきり言ってアホですね。

フランス語を習うという当初の目的から大きく外れ軽いノリで英語を勉強することになりました。

そこから数か月通ううちに文法はめちゃくちゃだけど英語で人と話す度胸だけはついてくるわけです。

すると今度は、

あつ
あつ
日本以外の国から日本を見てみたい。違う国で生活してみたい!

と思うようになってきました。

 

かれこれ長い間同じところで働いていましたから、退職して一度留学してみるのも良いかもしれないなと思い、いろいろ調べだします。

 

ワーキングホリデー制度

するとワーキングホリデー制度を利用して渡航できる国があることを知ります。

ワーキングホリデー制度:ワーキング・ホリデー (英語: Working Holiday)とは、2国間の協定に基づいて、青年(18歳~25歳、26歳、29歳または30歳)が異なった文化(相手国)の中で休暇を楽しみながら、その間の滞在資金を補うために一定の就労をすることを認める査証及び出入国管理上の特別な制度である。

原則として、各相手国ごとに一生に一度しか利用できない

査証に関する申請条件などは絶えず変化しているため、申請にあたっては、各国の大使館出入国管理が開設している公式サイトで、公式な情報を確認することが重要である。引用:wikipedia

 

 

この時私の年齢は20代後半。イギリスもワーキングホリデーで行ける国の一つではありましたが年齢制限は25歳まで。その他英語圏で行ける国を絞ると、カナダかオーストラリアかニュージーランドでした。

カナダは寒いし、人気のため抽選があった記憶があります。あと英会話スクールで会うカナダ人の先生とあまり相性が良くないなと感じた(一部の人だけで判断してるので幼稚な判断基準ではあります。ご了承ください)ので選択肢から外し、残るオーストラリアかニュージーランドどちらに行こうか考えて、ニュージーランドに決めました。

理由は色々あるのですが、まず平和そうだし、オーストラリアに比べて物価が当時は安かったこと、最後は親がニュージーランドなら行って良しとなったことです。親からすると多分治安が一番の判断材料だったんでしょうね。

私はこのときニュージーランドを選んでよかったなと思っています。理由はいろいろあるのでまた別記事で書いていきたいと思います。

長年働いたので退職金も頂いて、当面の生活費も持って念願の留学を果たします。

渡航前日の夜に荷物を詰めていると「ほんまに行くんか」と親に言われたのを今でも覚えています。

スーツケースを持って駅まで見送ってくれたのもしっかり覚えています。なので余計しっかり勉強していろんなものを見て経験して無事に帰らないとなと思って渡航しました。今思えばよく女一人で海外旅行をするので色々心配かけたんだろうなぁと思います。

 

このような感じでニュージーランドに住むことになりました。いうなれば流されてます。

フランスどこいったん??って思います。でもフランスは私にはきっと合わなかったと思います。

なぜなら、カフェでランチをしようと入り、フランス語のメニューしかなくもちろん読めないのでを勘で頼んだらデザートが出てきて周りにいたフランス人がくすくす笑ったから!誰一人助けてはくれませんでした。そんな感じの人たちの国で住みたいとは思いませんよね。まぁ一部の人なのかもしれませんけど。あとテコマに行った時に他の日本人の生徒さん達と歩いていると「イエローモンキー」って建物の上から言ってくるんですよ。衝撃的でしたね。あーこれがアジア人蔑視なんだーって。差別されるという経験はフランスが初めてでした。

でもフランスの街並みとか文化はいまでもとても素敵だなぁと思いますよ。

もし私の国で日本語のメニューしかないレストランで海外から来た人が困っていたら私は助けようと思います。なぜなら自分がそういう経験をしたから!海外から来た人が日本て良い国だったよって思って帰って欲しいからです。あくまでも最低限のマナーが守れる人に対しての話ですけど。

あつ
あつ
4-5人が人の家の玄関先でスーツケース広げてワーワー騒いでいるような人たちには助けではなくポリスを呼びます。(実話)